半年半年その日、眞一と再会したのは偶然だった。 半年まえに、 二人で最後の食事をしたレストランで、 その再会は突然にやってきた。 何の気持ちの準備や整理も許さず、 カナコの視界に彼は入ってきた。 レジ会計の列に並んでいたカナコが、 開いた自動ドアから吹き込んできた風に振り返った時、 二人組みの客が姿をあらわした。 かすかに見覚えのある格好に、 全体の輪郭だけを捉えていた意識の焦点を、 その顔に絞る。 先に気がついてしまったのは、 カナコだった。 「あ」という言葉を飲み込んだ口元は、 音もなく開いたまま。 その視線に気づいた眞一は、 一瞬ボンヤリとした、表情のない顔になった。 「あれぇ、カナコ。こんなとこで何やってんの」 「食事終わったとこ。眞一こそ」 「俺もこれから食事なんだ」 人懐こい表情に切り替わった眞一は、 まるで昨日も会ったかのような距離感で近寄ってくる。 つられて緩みそうになる頬を止めたのは、 彼の傍からこちらを見つめる、 二つの瞳を感じたから。 クリリとした意思の強そうな眼が、 カナコのことを興味深そうに見つめていた。 「先に行ってメニュー見てていいよ。すぐ行くから」 眞一の声に、その女の子は頷き、店の奥へと入っていった。 「彼女?」 その後ろ姿を眺めながら、カナコは思いのほか自然に訊いた。 「もう振り回されっぱなしなんだ」 困ったように笑う。その眼は、彼女の後ろ姿を優しく見送っているよう。 黒いコーデュロイのジャケットにジーンズという、 休日スタイルの眞一は、 半年まえとちっとも変わっていなかった。 「元気そうだね」 カナコに向けられたその笑顔に、 好きだった頃の忘れかけていた苦しくて切ない、 複雑な心境が蘇る。 連絡しなくてごめん、 でもない眞一の反応は、多分カナコが予想していたとおりだった。 最後に会ったあと、 なんの連絡も取れなくなった。 仕事のせいで2週間連絡がとれないことはよくあることだったし、 しばらくは自分の時間を堪能していた。 でも、いつしか、 云い知れない不安が訪れ、毎晩のように眞一の携帯ナンバーを押す。 このまま会えなくなる。 認めたくない事実が眼の前に立ちはだかっても、 カナコは泣かなかった。 泣けなかった。 サヨナラを決めるには、あまりに何もなかった。 なにひとつ確信も現実味もない。 ふられたのかもしれなかったけれど、 自分の気持ちを伝えたこともないのに、何も始まっていないのに…。 どこへ感情の矛先を向けていいのかわからない日々。 「仕事どう? まだ忙しいの?」 激しい心の葛藤に気づかれないよう、 レジの支払いをしながら、片手間の会話を装う。 「やめたんだ。今は親父の事業を手伝ってるから、自分の時間は割とあるかな」 そうだった。眞一のお父さんは会社を辞め、 長年の夢だった喫茶店を開いたんだった。 電車通りにある店で、 洒落た雰囲気とコーヒーの味が中高年に受けているらしく、 先月号の雑誌に、カフェ特集で紹介されていたっけ。 「そっか」 「カナコは?」 「来月、横浜支社に転勤になるんだ」 「え、そしたら寂しくなるね。でも、会えて良かったよね、行く前に」 「そうだね」 苦しんだことも云えない自分。 内心、苦笑しながら、 この場にもう少しいたいのと、 早く立ち去りたいのとで、より一層息が詰まりそうになる。 つきあってもいなかったし、 当然の関係なのかもしれない。 それでも、いっとき重ねた時間が、 カナコの中では眞一との関係のあかしだと思っていた。 あの頃は。 「ごめんね、彼女待ってるでしょ」 「それじゃ、気をつけて」 「ありがと。眞一もね」 「サンキュ」 きっと一度も振り返ることなく店の奥へと進んでいっただろう彼を、 少しだけ許し、 少しだけ諦めながら、 店の外へと一歩を踏み出した。 ジャンル別一覧
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